教育再生会議

今、国では「教育再生会議」というのが行われています。いじめ自殺をはじめとする最近の教育問題に挑むところの会議で、今年の6月にはきっちりとした方針を出すらしい。

会議は、安倍総理と17人の有識者委員、伊吹文部科学大臣で構成され、具体的な検討課題として、「質の高い教育を提供し、学力の向上を図る」「規範意識や情操を身につけた『美しい人づくり』」「家庭や地域の教育力を高め、地域ぐるみの教育を再生する」の3つが検討事項として挙げられています。

1月18日に出された中間報告は以下の通りです。

《七つの提言》

 【1】ゆとり教育を見直し、学力を向上する

 「基礎学力強化プログラム」▽習熟度別指導の拡充▽地域の実情に留意のうえ学校選択制の導入

 【2】学校を再生し、安心して学べる規律ある教室にする

 出席停止制度を活用、警察と連携▽反社会的行動を繰り返す子供に毅然(きぜん)たる指導

 【3】すべての子供に規範意識を教え、社会人としての基本を徹底する

 「道徳の時間」の確保と充実▽高校での奉仕活動の必修化▽大学の9月入学の普及促進

 【4】あらゆる手だてを総動員し、魅力的で尊敬できる先生を育てる

 社会の多様な分野から積極的、大量に教員に採用▽メリハリある給与体系で差をつける▽不適格教員は教壇に立たせない

 【5】保護者や地域の信頼に真に応える学校にする

 「教育水準保障機関」による外部評価・監査システムの導入▽副校長・主幹等の新設▽民間人校長など管理職に外部の人材を登用

 【6】教育委員会の在り方そのものを抜本的に問い直す

 危機管理チームを設ける▽教職員の人事権は市町村にできるだけ移譲▽教委の基準や指針を国で定めて公表し、第三者機関の外部評価制度を導入

 【7】社会総がかりで子供の教育にあたる

 「家庭の日」を利用しての多世代交流▽地域リーダー(教育コーディネーター)の育成

 《五つの緊急対応》

 「ゆとり教育」の見直し=早急▽教育委員会制度の抜本改革=07年通常国会に提出▽教員免許更新制導入=07年通常国会に提出▽学校の責任体制の確立等=早急に国会に提出▽反社会的行動をとる子供に対する毅然たる指導のための法令、通知等の見直し=06年度中

このことについて、みなさんはどう思われますか?yuminははっきり言って、よくわからないのです。28Pの冊子になっている提言を見れば、なるほどきれいなもので、意味も通っています。でも、先日紹介した今村先生は真っ向から異論を唱えられていますし、会議の委員である義家先生はずいぶん苦しんでおられるように感じています。

yuminが職場でこのことについて、話したら、「所詮、どんな人を集めても、安倍さんの意見をとおすだろう」という話になりました。人集めの段階で、すでに、反対しそうな人はいれてはいないだろうし、政治がらみの圧力を感じます。

本当に子どものことを知っていて、子どものことを想ってくれる人をつぶさないでほしい。義家先生や今村先生を応援したいです。

圧力が許せない。

yumin

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今村先生講演会

今日は西脇連合PTAの発表会で、講演の部に今村克彦先生が来られました。最近テレビでも活躍されているそうで、昨年学校も辞められ、ちょっと遠い人に感じていました。

でも、やっぱり今村先生は前とかわりませんでした。私は今村先生の人間らしさが大好きです。

講演内容を少し紹介します。

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「教育再生会議」について

◎ゆとり教育に週2時間をプラスするのはムリ。施設的にも、年齢的にも。教える内容が子どもの発達段階にあっていない部分がある。中味の検討をしないで、時間だけ増やすのはおかしい。

◎いじめをした子どもを出席停止にするのは。教師が指導放棄するのと同じ。停止した期間、だれがその子どもをみてやれるのか?親は仕事がいそがしい。特別教室も保健室ももう限界。責任追及するのと罰を与えるのはちがう。罰を与えたからといって反省しない。

学校や教師は何があっても更正を信じて、最後まで児童にかかわり、問題にとりくむべjき。今後の教育会議とと学校現場をしっかり見てほしい。がんばっている先生もいっぱいいる。それなのに、チェックの目にさらされ、手足がでなくなっている。

「大人がしっかりすること」

バカな親がいる。少しずつでもレベルをあげるには親同士のつながりが大切。

「あかんものはあかん」という強さと「一回やってみぃ」という寛容さ。しなくていいしつけと必要なときに子どもに教えることの裁き方・・・親のプロになってほしい。

子育ては一生悩みつづける。でも、親の愛情、大人の本気は子どもを育てる。子どもにはすべて伝わっている。一生懸命大人をやりたい。

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今村先生はすごい人だなあといつも思う。これからもずっと活躍していただきたいです。

yumin

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北播磨教育事務所訪問

水曜日に北播磨教育事務所を訪問して、所長さんとお話しました。所長さんはとても心やすい方で、私がお願いにいったPi-chiクラブ゜「PSCつうしん」のことをよく理解いただき、うれしく思いました。

所長さんとお話した中で、気になったことがありました。私が子どもの放課後のことや、働くお母さんの話をしたところ、所長さんが、「いつも幼稚園にはがんばれ、がんばれと言うとる」と言われたことです。つまり、働くお母さんが増えて、子どもは保育所に預ける家庭が多くなっていて、保育所の5歳児保育から小学校へ入学するというパターンが増えているのです。、幼稚園でも預かり保育があり、3分の2くらい割合で利用率が高いです。

所長さんがおっしゃるには、保育所は教育するところではなく、本来は就学前教育として幼稚園に通うべきであるのに、この事態。幼稚園にそれだけの実力?魅力?がないということになり、「幼稚園、もっとがんばれ!」になるのです。

幼稚園が保育所ではできない、就学前教育をきっちりできれば、保育所でなく、幼稚園を選ぶだろうということです。

というのは、行政側の考えで、保護者はというと、自分の仕事の都合と、料金をあわせてみて、どちらが得かと判断する程度だと思います。

けれど、大切なポイントが「幼稚園教育」だということ、教えていただき、すごく勉強になりました。それだけでなく、いろいろなお話、とても参考になりました。また、お伺いしたいです。ありがとうございました。

yumin

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東井義雄先生のお話

日曜日は旧但東町の東井義雄記念館へ行きました。11月に開催される生涯学習フォーラムのフィールドワークです。

大学で勉強をしていたとき、東井先生のことは知りました。生活綴り方教育を世に広めたたいへん偉大な先生だと把握していました。

行ってみて、おや?、「綴り方」以上に「いのちの教育」「地域に根ざした教育」を唱えた方だとわかりました。数々のお言葉や詩を読むと、本当に子どもを思う気持ち、愛する気持ちが伝わって、胸があつくなります。

お話してくださった、元但東町教育長の川見先生も東井先生と同じく熱い方でした。家庭と学校・地域をつなぎ、東井先生の意思を受け継ぐように、いろいろな教育施策を施してこられたようです。チューリップでもなくシルク温泉でもない東井義雄の町、教育が自慢の町にしてほしかったです。(過去形なのは合併で但東町がひとつの自治体でなくなったからです。残念です。)

川見先生、よいお話をありがとうございました。連れていってくださったフォーラムK2のみなさん、ありがとうございました。

 参考にみてね → 東井義雄記念館

yumin

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義家弘介先生

昨日はヤンキー先生こと義家弘介先生の講演を聴きにいきました。開演まで、時間があったので、先生の本を購入し、読んでいました。先生が母校を辞めて、横浜の教育委員になるまでの経緯が書かれていました。それは先生の心の痛みを十分にかんじとれるところで、講演がはじまって、先生の声を聞いたとたんに、泣きそうになりました。

「すべては子どもたちのために」子どもを救いたい、一生懸命な若い先生の力になりたい。そんな先生の思いがあふれていました。がんばりすぎる自分を振り返りながら、どうあってもやりつづけたいんだとという強靱な思いがつたわってきました。

先生のお話はまさに、今の教育界にあてはまることで、でも、先生側から指摘してお話していただかなければ、一般人にはわからない問題で、そういうタブーなお話をしてくれる先生のような方が本当に必要だと思いました。今後もたくさんのみなさんに講演を聴いていただいて、今の日本の教育事情、子どもをとりまく問題の数々を知ってほしいです。

さて、印象の残って、メモしたところを以下にあげておきます。

・教育にマニュアルなどない。あるとすれば子どもの数、指導する教師の数のマニュアルがあるはず

・教育ほど効率の悪い営みはない。ばらばらなゴールに向かっていくひとりひとりと向き合えば向き合うほど、疲れてしまう

・子どもの苦しみを排除してやるのではなく、ともにあるいてやることが大切。

・言葉は心を説明することができない。幼い子はそれだけの言葉をもたないし、思春期には心と正反対の言葉を発する。

・朝こそ心の声がとどくとき、子どもの声を聞こう

・与えるのが教育ではなく、その活用をまなぶことが教育

たぶん、先生は全国の同じ思いをもって、日々子どもに接している学校の先生他、たくさんの子どもをとりまく人々の代弁をしているのだと思います。先生はひとりじゃない、がんばればがんばるほど、ボロボロになっていく先生たちの中のひとりだと思います。

今後もご活躍をお祈りします。今日の機会に感謝です。

yumin

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ゼロトレランス教育

新聞でヤンキー先生こと義家弘介先生のきょういく論を読んだ。文部省で「ゼロトレランス教育」の導入が検討されているらしい。

ゼロトレランス教育とは、学校側があらかじめ規律と懲戒規定を明示して、それに違反した生徒を例外なく処分するという方法である。アメリカで、荒廃の続く教育現場を改革しようと導入された指導法で、一応の成果をあげているということだ。ゼロトレランスとは「寛容(トレランス)がない(ゼロ)」 という意味。

義家先生は「教育者は子どもたちの「成長」に責任を持たねばならない。そして、子どもたちの成長に責任をもつには、自身の成長にも責任をもたねばならない。つまり、教育とは「共育」であり、ゼロトレランスの導入で「脅育」となる危険性があると言われている。

「例外なく処罰する」ということは、どんな事情があろうとも、どんないきさつがあろうとも関係ないということで、それは対人間的ではないように感じられる。大人では当たり前なようであるけれど、「子どもの成長」の過程である。つまり、まだ発達途中で、間違いや失敗を繰り返しながら、一人前の大人になる段階の途中ということである。つまり、失敗も間違いもすべて自分の責任であり、処罰を受けねばならないということが、学校という子どもがもっとも人間らしく成長していく学びの場で行われるということである。

私も子どもにかかわる仕事をしていて、何度注意しても同じ悪事をはたらいたり、それが悪いことであるということが理解できない子どもがいることを知っている。こういう子どもには、もう、どんな説明をしても、どんな愛情をもって接しても、意味はないのかもしれない・・・と感じることもある。もともとそういう性質なのであると思う。いつも同じ事を繰り返すので、先生はだんだん「家庭教育がなってないのだ」と理解する。親は親で、すっかり疲れてしまい、「学校で注意してください」ということになる。子どもの育ちの最も身近な支援者に行き違いがおきる。該当の子どもは、双方からずっと怒られどうし。双方のイライラの原因となる。で、「ゼロトレランスだ」ときたら、どうなるのか。そりゃあ、双方はラクになる。で、子どもはどうなるのか?

と考えると、胸が苦しくなる。子どもを育てるのに、いちばん必要なのは「愛情」だ。親も先生もどちらもだ。本当は双方が理解し合って、この子をどうすればいいのか、考える必要があるのではないか・・・。

子育ても教育も決してラクなものではない。だけれど、決してあきらめてはいけない。ひとりひとりの子どもを大事に育てなければいけないと思う。

yumin

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教育費用について

トラックバックさせていただいたYOUさんの「国際人権A規約13条の会」の記事。そんな会ができたんだーとうれしく思いました。

「国際人権A規約13条の会」とは、中等・高等教育の漸進的無償化を定めた国際人権社会権規約一三条二項(b)(c)の批准を日本政府が留保していることに対し、国連社会権委員会は、「留保の撤回」を勧告。その回答期限が来年六月に迫るなか、無償化条項の意義を広げようと碓井敏正・京都橘大学教授らの呼びかけで「13条の会」が結成された会のようです(しんぶん赤旗HPより参照)。

yuminは子どもの頃から小学校教員になりたかったのですが、家庭の事情で進学できず、結婚して2児を出産後に大学で勉強しました。はっきりいって、高校を出て大学生になるより、結婚して、母になってから、大学生になる方が勉強の効率もよく、特にyuminの場合はわが子を目の前にして教育の勉強をするわけですか、毎日が実習みたいなもので、現実的でした。

だから、yuminは人間って勉強したいときにすればいいんじゃないかなあと思うのです。それがいちばん、効率よく熱心に勉強できるときだと思うのです。

でも、でも、今の日本の教育システムや社会環境だと、高校を出て大学にいかなければ、就職に影響します。北欧のようにリカレントな社会であればいいのになあと思います。いつでも、したいときに、勉強して、また仕事復帰できる社会であればいいなあと思うのです。いつでも勉強できる社会であるためには、もちろん、職業の保障や教育費の無償化は大切です。

ぜひぜひ、無償化されますように。13条の会のみなさん、がんばってくださいね。

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発達障害

今、学校の教室に6人に1人の割合で軽度発達障害がいると言われています。もちろん、学校の先生も教育関係者も発達障害についての知識はお持ちだと思います。

大切なのはまわりの理解、受け入れだと思います。幼い子なら、自然に「こういう子もいるんだ。」つまり、個性として受けとめることができるようです。しかし、問題は大人、そして人格形成が完成しつつある子ども。

「この子はおかしい」・・・普通の人は発達障害の人を見ると言います。普通、人はこういうものっていう概念があるから、普通(通常)と普通でない(異常)を判断してしまうのです。日本人はそういう気質が特に大きい気がします。

大きく、広く、いろいろな人がいて当然な社会、であればいいなあと思います。とかく、最近は昔ほど安全が確保できないので、ちょっと普通でないことを異常として警戒します。通常ではないことが、必ずしも「異常」なのではないのですが。

といっても、実際に、発達障害の人にかかわっている保護者・指導者は頭をかかえることが多いと思います。ずっと「通常」であると思ってきたことを「通常の一部」としてとらえ、自分が人間として「とても通常ではない」と思うことも「通常」として、かかわっていかなければならないからです。

関わり方がうまくいかなかったり、当事者が社会から疎外感を感じてしまうことがいちばん心配です。保護者・指導者がどこまで、当事者をうまくフォローし、支えていけるかにかかっています。保護者や指導者を理解してあげるそのまわりがいることも大切です。

発達障害をもつ人たちとどのようにかかわっていくか、本当に大切なことなのに、それを見ないで、認めないで、通り過ぎていく今の社会ではいけないと思います。それに気付いた人たちがつながっていくことがこれからは大切なのではないでしょうか。

yumin

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受験生の親!・・・と言っても

昨日、運転中に聞いたラジオで、「私は受験生です。テスト中です。このテストで高校が決まります」というメッセージを聞いて、ドキっとしました。それもそのはず、うちのお兄ちゃんだって受験生です。心配はもちろんしてます。だけど、最近、出会ったお兄ちゃんの同級生のお母さんたちから、あきれられてしまって、少々傷ついてます。数学の平均点も公立高校の定員数も、そんなに気にしてないといえば、やっぱり、なんていう親だって思われるんでしょうか?

私は自分が結婚して、子どもを持ってから大学で勉強したので、勉強ってやりたいときにすればいいと思ってしまって。どうしてもやりたいことが見つかったとき、必然的に勉強するだろうし、今、学歴が相当大切な社会とも思えないし。

15歳は、自分で決めたことを、自分で実行できるなら、それでいい。失敗したら受けとめてあげるし、支援もしてあげる。たとえどこの高校に行こうと、私が育てたこの子を信じている。人の点数などどうでもいい。ときどき、やきもきしながら、見守っている。今日、テスト最終日、緊張しませんように・・・・。souちゃんが「明日はにいちゃんといっしょに寝る~」と楽しみにしていたよ。

yumin

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本当の優しさとは

本当の優しさとは「強さ」だとか「厳しさ」だとか・・・言いますよね。本当にそうでしょうか・・・・・・・・・・・・・・・?

私には仮にそれが甘えだとしても、弱さだとしても、こまっている人、泣いている人、悲しんでいる人をみて、厳しいことも「がんばれ」とも言えないのです。人がだれかに甘えたいとき、精一杯甘えて、また自分で立ち直っていける居場所・・・それが私の優しさです。中途半端な優しさじゃない。とことん、気が済むまで、優しくしてあげる・・・・・・それが私の優しさです。でも、いつもいつもただ優しいだけでなく、私の居場所を必要としないときにはそっと見守る・・・・・・・・・・・それが私の優しさです。

教育も指導もない、本当の優しさには無償の愛が必要なのではないでしょうか・・・・・・・・・・・。

yumin

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