夏休みの学童クラブ

今年の夏休み、yuminの勤務する児童館では、児童クラブで40人の子どもを預かっています。昨年の25人でも悲鳴を上げていたのがウソのようです。

40人の子どもたちは、初日に宿題をすませる子、パソコンゲームに熱中する子もいいれば、夏休みだけはじめて来る子はちょっととまどいもあります。一日中いると、家庭的なところとはいえ、家ではないので、気をつかうことも多いでしょうね。

ひとりひとりの子どもがかわいくて、この子どもたちの笑顔や怒った顔やいっしょうけんめい遊んでいる姿を保護者のみなさんに見せたいなあと思いました。

その昔、yuminが仕事をしていて、保育園に預けていたお兄ちゃん。保育園で撮っていただいたお兄ちゃんの写真をみたとき、ナミダがでました。「あー、こんなカオして、保育園ですごしていたんだ~」「yuminの知らないお兄ちゃんだ」そう思うと、胸がキューンなったのを今でもよく憶えています。

だから、保護者のみなさんにもみてもらいたいなあと思い、今日は写真を撮りまくりました。8月の保護者会の行事には見て頂けるように、準備したいと思います。

yumin

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学童保育の学校化

yuminが勤務している児童館には併設で、放課後児童クラブがあります。夏休みになると40人の子どもたちがやってきます。

と一口にいいますが、40人は学校でいうと1クラスより多い。まして、40人のうち幼稚園の5歳児と小学1年生が大部分を占めるのです。ちょっと考えものです。

なぜかというと、本来放課後児童クラブは放課後家に帰ってもだれもいないので、家に帰る代わりにクラブで過ごすというものなのに、40人もいたんじゃ家庭的ではなくなってしまうからです。

指導員はお母さん的存在のはず。友だちはきょうだい的存在のはず。でも、その人数ではとてもそんなことはいっていられないのです。本来なら好き勝手に過ごしていいはずの家庭の代わりなのに、大人数の集団になるとルールが増えるばかりです。ルールがないと指導員はとても子どもたちの見守りはできない状況です。

なんかおかしい。子どもには心休まるはずの場所がだんだんけずられていく。こりゃあ、ストレスたまるはずだなあと思うわけです。

クラブに預ける保護者のみなさんはそのことをわかっているのでしょうか?

運営管理している行政などもわかっているのでしょうか?

どうしても、あずからないといけない子どもは10人単位で、普通の家で預かればいいのではないでしょうか?それがいちばん自然な気がします。

高齢者に宅老所があるように、子どもたちにも家庭的な場所を用意してやってほしいと思います。

学校は学校だけでじゅうぶん。学童保育に同じ事を求めてはいけませんよね。

yumin

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いっしょうけんめい!

今日は久しぶりに児童クラブ(学童保育)に入りました。初日はおとなしくしていた子どもたちもだんだん活発に、元気になってきました。してはいけないこと、ルールを守ること、指導員の注意を聞くことなどだんだんあいまいにもなってきます。

人数が増え、子ども同士もひとりひとりがどんな子なのかまだわからない状況の中で、急にキツイ言葉をなげかけられたり、知らなかったことを注意されたり、わからないことがうまく聞けなかったり、ちょっとぎくしゃくしたトラブルも増えてきました。

でも、今日、感じたことは子どもっていつも一生懸命なんだなあということ。怒るときもケンカするときも、お弁当を食べるときも、泣くときも、甘えるときも、ずるいことを考えているときも、ただひたむきに純粋に、自分の感情のままに、動いている。それは大人とちがって「ガマンができない」「人に気を遣わない」ということなのですが、その一生懸命さを大切にしたいなあと思いました。

自分はこう思ったから、こうした。でも、それはいけないことだった。注意された。怒られた。おわり。ではなくて、行為は否定しても、そのことに費やしたエネルギーは評価してあげられればいいかなーと・・・思います。まあ、その行為にもよりますが(^^;

子どもの一生懸命はあまりにも、カワイイしね。

yumin

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児童クラブのみんな

今日は週に2日、勤務していた児童クラブのお別れ会がありました。クラブで預かる児童は3年生までなので、4年生になる二人は卒業です。2年生の子はひとり転校します。指導員もひとり異動です。yuminも4月から児童クラブの勤務はなくなるため、今日でここにくるのは最後です。

帰るとき、ここで過ごしたいろんな思い出を振り返ってみました。いろんなことがあったなー。だって、一つの部屋に20人も子どもがいれば、そりゃあ、いろいろあって当然です。

子どもの成長を通して、育っていくのが教師だといいますが、ここも同じです。子どもたちとの出来事を通して、勉強することが本当に多くありました。また、子どもたちを抱っこして、慰めながら、自分が癒やされることも多かったです。この子たちと出会って、乗り越えられたこともあります。

ひとりひとりがyuminにとって、大切です。もう、明日からここにはこないけど、ずっとずっと、みんなの成長を遠くから見守っています。今日まで、仲良くしてくれてありがとう。

yumin

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ケンカのあとで

春休みになって、児童館は児童クラブの子どもたちで大にぎわいです。でも、いくら遊び好きの子どもとはいえ、朝8時から夕方まで、同じ所にいると、退屈もするし、わがままもでるし、お友だちとケンカなんてしょっちゅうです。

「せんせー、○○ちゃんがこんなことしたー」なんて、毎日何度も言いに来ます。子どものケンカの仲裁は簡単なようで、なかなかむずかしいと最近気付きました。

そりゃあ、大人の価値観で、子どもに「これはこう!」って決めてしまえば、注意するのもどちらが悪いと判断するのも簡単ですが、yuminはそれがとーってもイヤなのです。

どの子も同じように好きだし、大切です。でも、ひとりひとりはみんな感じ方も受け止め方も違っているから、みんな同じようにはできないんです。泣いてしまえば勝ち、先生に告げ口した者勝ちもイヤです。どういうことがおこったか理解しないままに、判断して注意するのもイヤです。

と、yuminはこんなに優柔不断で、ちっとも頼りにならないので、子どもはもめ事はyuminに言っても無駄だと最近はわかっているようです(^^;

今日もクラブで、女の子がささいなことで、泣き出して、なかなか解決できずに・・・yuminも困っていました。yuminがあきらめて、お手洗いに行って、出てくると、二人は手をつないで、にこにこ「せんせっ!」(^^)(^^)って。うれしいですね~。子どもって、そんなものですよね~。ハハハ。ホントにかわいいものです。

子どもっていいなあ・・・。

yumin

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キャッチボール

月曜日、児童クラブで、1年生の男の子とキャッチボールをしました。Kくんはこの春から、少年野球のチームに入るそうで、うれしくてしょうがないようです。

yuminは中学生の時はソフトボール部で、高校生のときは野球部のマネージャーをしていました。スポーツの中では野球が好きです。なので、お兄ちゃんにも野球を勧めたというわけです。

お兄ちゃんとも4年生くらいまではキャッチボールをしていました。でも、だんだん、球が速いので、恐くて、できなくなりました ( _  _ )最近では、好きな高校野球も見ることが少なくて・・・・。で、久しぶりに、ボールを投げるととってもいい気分でした。子どもとキャッチボールができるなんてホントにしあわせだなあと思いました。

Kくんが楽しんで野球を続けていけますように・・・。

yumin

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メリークリスマス

ということで、今日はクリスマスです。といっても、yuminはお仕事でした。せっかくの「加美ドリームゲーム」は大雪のため、延期になり、昨夜な眠れないほど緊張したのに、何だかがっくりです。終わらないとなると未だ続く緊張感に、ぐったりです。

クリスマスと言えども、大雪と言えども、yuminが仕事のように、世のお母様方もお勤めを休めるわけではありません。児童クラブには数名の子どもたちが来ていました。少人数なので、もめ事もすくなく、穏やかに一日を過ごしていました。

yuminが1人を膝にのせ、3人と双六形式のゲームをしていたところ、急に1人の女の子が、「yuminってさぁ、なんで負けても素直なワケ?」と言うのです。

「負けても素直」というのは負けてもくやしがったり、すねたりしないってこと?それとも負け惜しみにだれかに意地悪したりしないってこと?詳しくはよくわからないのですが、子どもに「素直」と言われて、何だかうれしかったyuminです。

子どもには「素直」という言葉がすぐに結びつきますが、その子どもに「素直」と言われた大人のyuminはいったい何だろうかと・・・。たんなる「バカ」ってことかもしれません(^^;が、子どもと同じラインにいる自分がうれしいのです。同じラインにいてこそ、子どもの気持ちを理解することができると思うから・・・・。

指導者たるもの、それではいけないのかもしれませんが、yuminは指導よりも理解が大切なのです。もしも、大人がみんな、子どもと対等の位置で、話ができるとしたら、大人は子どもから教わることがたくさんあるのになあと思うのです。

聖夜。サンタクロースを信じている子どもたちから夢をわけてもらいましょう・・・。。・☆。・★

yumin

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今日の仕事ぶり3

昨日は北のクラブ勤務日だった。なんと、3時に子どもたちがクラブに帰って、おやつを食べたあと・・・・みっちり5時まで外で遊んだ!!こんなの仕事でいいんかい?というほど、本気で遊んでしまった!!最初はブランコフットベー・・・ブランコにのっていながら、フットベースボールをするという、だれが考え出したのか、おもしろいゲームだった。ルールもその都度、変わる、だけど、そのときどきのルールをみんな理解して守って、ゲームとして成り立つ。けっこう、おもしろい。そのあとは鬼ごっこ。はしりまくって、疲れた。こんなに走ったの、久しぶり。でも、最高におもしろかった。

そのあとのこと、クラブ室で遊んでいた女の子も外に出てきて、全員が外に集まった。「そこですかさず、3年生の子が「あたし、司会する。何して遊びたいか、みんな言って」「はい」何人か手をあげる。「○○ちゃん」司会は指名する。「タカオニ」「はい、タカオニね。」地面に書く。「はい。」「××ちゃん」「はないちもんめ」「はい、はないちもんめね」地面に書く。次々みにみんなが意見をだして。「じゃ、どれがいいかこの中で選んで、その後ろにたってください。」みんなは移動。「人数の多い「ケイドロ」に決定です!では、二人ずつで組んでグーパーじゃんけんをします・・・・・」

ってな具合に、子どもたちは何ともすてきにあそんじゃう。みんなでひとつのことを決めるときの手法、きちんと習得してる。そして、それを遊びに生かしている。自己主張もあり、たまにルール違反もある。だけど、集団の中で、だれかがかばい、だれかが注意し、大人が介入しない子どもの世界ができあがっている。

この子たちを見ていると、理想的だなっていつも思う。子どもたちの放課後、本当はこんなふうにならないといけないんだろうな。昔、私たちが子どもの頃、そうであったように・・・・。

yumin

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今日の仕事ぶり2

今日は土曜日。私が勤める児童館では、児童館の壁面飾りをつくる日でした。実は今までは職員がつくっていたのですが、私がつくっているのを見て、クラブの子どもたちが「やらせて」と言い、喜んで楽しそうに作業をするので、「これはいい!」と思い、児童館の恒例行事に組み入れました。

今日はクラブの子以外に6人の子どもたちがやってきて、いっしょにクリスマスブーツやツリー飾りを作りました。みんななかなかうまくできてました。幼稚園くらいの子どもたちにはちょっといい勉強になりそうな作業でした。が、たまにはそういう経験もいいなあと思い、好きに参加してもらいました。

昼食後はクラブのみんなと虫取りにいきました。驚くくらいバッタがいて、虫かごはうじゃうじゃバッタだらけでした。いいお天気の中で自然と戯れて遊び、楽しみ、喜ぶ子どもたちです。不思議なことに、その中ではトラブルも少なく、あってもすぐに仲直りできています。

子どもって、やっぱり自然と相性がいい。自然の中で大きくなるのがいい。そんなふうに思いました。

今日の仕事は充実感いっぱいで終わりました。子どもたちに囲まれて要る自分、家でも、仕事でも・・・いい加減飽き飽きしてきてもおかしくないのに、やっぱり生きているからなんでしょうね。飽きることなく毎日楽しんでます。

yumin

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代休の月曜日

今日は土曜日の振り替えで、学校がお休みのクラブに出勤した。週2回勤務するこのクラブは山奥にあって、うちの家から車で40分もかかる。山奥のこのクラブの子ども達もいくら田舎といえど、服装も言葉遣いも現代っ子だ。でも、でも、この子たちは子どもらしい・・・・。環境の良さからくるものかとつくづく思う。

幼稚園児から3年生までの21人、本当にいつも仲良く遊ぶ。いろいろトラブルもたくさんある。気になる子もいる。でも、どうしてだろう、ここにくると心が安らいで、クラブで仕事をしていることが幸せな気持ちになる。これって仕事かなあとさえ思う。子ども達に対して、「こうしよう」とか「ああしてあげたい」とか指導やリーダーシップがいらない。子ども達が言うように私は動き、子ども達がやりたいようにサポートする。主導権もにぎらないし、あれこれと細かい注意もしない。

だけど、子どもたちは異年齢集団の中で、それぞれの役割、個性をお互いに理解し合い、子ども集団の社会形成を成し遂げている。一日の中では笑いあり、涙あり、ふくれっ面あり・・・いろんな素顔の子ども達がいる。この世界は真の子どもの世界だなあ、昔から変わることのない子どもの姿だなあと思う。もう少し、この子たちの姿を見届けていたいなあと思いつつ、合併の波にのまれていく自分が何だか情けなく思う・・・。

yumin

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最近思うこと

このごろ、思うんですが、クラブで1年生くらいの子がトラブルがあって、泣いていても、ほかの子たちって知らんぷりなんです。子どもってだれかが泣いていると、ほんの些細なことでも「どうしたの?」「だいじょうぶ?」とか言って、何人かの泣いている子のまわりにあつまって、騒ぐでしょう。誰が泣かしたのかって、責め合ったり、「○○ちゃんが悪い!」ってみんなで注意したり・・・・・・。そういうのが普通だと思うんですが、クラブの子どもたちの様子をみているとそうでもない!う~ん、どうなんでしょう・・・・。

どんな理由にせよ、泣いている時ってだれかになぐさめてほしいですよね。そりゃあ、あんまりしょっちゅう泣いてる子は「またか」ってなるかもしれないけど、今さっきまでいっしょに遊んでいて、なのに、泣き出すと知らんぷりか「私のせいじゃよ」って、自分の防御に入る。おかしいな、この子たちは。何かヘン?近頃の子ども達ってみんなそうなんでしょうか?どうして悪かったかという反省ができない。話がきけない。すぐにげようとする。悪いことをしたっていうことを認めることができない。甘えて許してもらおうとする。

サッチーやsouちゃんに聞いてみた。サッチーはだれかが泣いていると、みんな集まってきてなぐさめたり、泣かした子をみんなで怒ったりするという。自分が悪かったときには、怒られるとコワイし、本当に反省するという。souちゃんは泣いている子を特に自分がなぐさめにいくわけでもないけど、ほかのみんなは大勢あつまってなぐさめているという。

やっぱりクラブの子たちはちょっとおかしい。責めるときだけめいっぱい責める。自分のわがままは通す。たぶん、みんなそうだから、みんなそのペースに入ってしまう。自分が怒られるのを逃れることにだけがんばる。やさしさ、思いやりに欠ける。

ってことは、この子たちがやさしさに出会った経験が少ないってことなんだろうか・・・と思うと、悲しくなってしまう。自分がやさしくされるとうれしいから、人にもやさしくしようという心が生まれることに欠けているんだろうか・・・・。

今週は何だかずっとそれにこだわって、子どもたちを見ていた。さあ、これから、どうしていくかな・・・・。

yumin

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児童クラブ指導員研修会

今日は春日町で兵庫県主催の放課後児童クラブ指導員の研修会があり、出席しました。内容は「発達障害児の理解と支援について」。午前中は兵庫県少子局の岡田主幹のお話で、午後から分散会があり、同じテーマで意見交換をして、全体会発表となりました。

私は昨年、保育所で多動の子どもひとりを保育する仕事をしていました。そのため、発達障害について、本もかなり読みあさり、ネットでも調べ、ある程度の知識は持ち合わせているつもりでしたが、たった半年で、その内容もどんどんかわっていることに驚きました。

発達障害児とは広汎性高機能障害(PDD)と学習障害(LD)と注意欠陥・多動性障害(ADHD)の三種類に分別され、年齢相応の生活習慣などは身に付いているのに、人とコミュニケーションがとれない、こだわりをもっていて応用が利かない、じっとしていられない、パニックになる、読み書きができないなどの特徴があります。それらの子どもにどのように接していくか、対処していくか課題は大きいところです。

講師の先生が言われた理想的なあり方は障害を発達のかたより、または個性とみなし、まわりのみんなが該当児童を理解していくことが大切であり、不適切な対応は必ず二次障害をもたらすことになるということでした。私も多動の児童を預かっていていちばん深く心配したことは二次障害でした。まわりの理解が場合、注意されることが人一倍多くなってしまうことから、自信の喪失・自暴自棄などを招くことになるからです。

分散会でグループの発表する役にあたった私がまとめた課題点は次のとおりです。

●学校、保護者とクラブとの共通理解が必要●該当児童の行為の説明に現状と事実だけを伝え、指導員のコメントは言わない●知識・経験の必要性●まわりの保護者の理解がむずかしい●一瞬の動きでもたらす危険行為の回避●対応に困難であるが放課後の居場所として、クラブの存在が必要●理解しにくい障害のため他の児童が単なるわがままと思い、特別扱いに不満をもつ●家庭や学校でのストレスをクラブにきて障害児にぶつける●学校で介助員がつくほどの児童にはクラブにも介助員が必要

そして、いい情報として●丹波市では市で雇用する心理判定員が各学校・クラブ等をまわっていて、診断や相談が気軽にできる

最後に全体での助言として●気になる子へ原因追及としての「愛情不足」は基準がない。本当の愛情不足であれば愛情を注げればいいが、そうでない場合はどうするのか●学校の敷居は高いが、子どもを見ている点においてクラブと学校は対等である●各家庭の子育てに入り込むことはできないけれど、子どもを幸せにするための連携ととらえていく。問題を共有する●現場での出来事、事情を行政に伝える●指導員の連絡会の必要性。

どこのクラブも似た事情がありました。また、指導員が正規採用でなく、嘱託や臨時採用で権限がどこまであるのかといったことも話し合われました。今後児童クラブの位置づけはますます大きなものになっていくだろうと思います。そうすると、学校も連携をとらずにいられないだろうし、介助員もつくだろうと思います。ただこれからますます増えていくクラブに来る子、本当にクラブにくることが幸せなんだろうかと・・・・・・・・考えてしまいます。

yumin

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お祭りの日

先週の土・日はこの辺り一帯お祭りだった。でもって、児童館に遊びに来る子もいないし、土曜日クラブにきたのも3人だった。一人が午前中で帰り、一人が3時頃帰り、最後に残った一人の子と私は6時半までいっしょに過ごした。暗くなり始めたころ、たいこの音が聞こえはじめた。Fちゃんは「先生、見に行こっ」と言ったけど、まだ遠くの方の音だったので、「また、近くにきたらね」と言った。6時頃、児童館の前の道路に、暗闇に浮かぶきれいなたいこが見えた。「Fちゃん、いこっ」私はFちゃんの手を引っ張って、外にでた。涼しすぎる風がひゅーっと吹き抜けた。Fちゃんは何だかこわくなったようで、「先生、抱っこ」と言ってきた。私はFちゃんを抱っこして、駐車場のいちばん端まで行って、道路を見下ろした。「きれいやなぁ」「あっ、子どももいる。先生、私の知ってる子いる?」「うーん。幼稚園の子はいないかなぁ、お兄ちゃんばっかりやなあ」

しばらくして、たいこは行ってしまったので、私とFちゃんは児童館に戻った。Fちゃんはクラブのみんなといっしょにいるときはフツーの幼稚園児だ。でも、いつもいちばん最後まで残って、先生と二人になると、何だかはにかんだように、甘えてくる。その日もそうだった。Fちゃんにとって、それが日常の時間のようだった。

6時半を少しすぎた頃、お母さんがあわてて迎えにこられた。「すみませーん、おそくなって。」第1声だ。お母さんは土曜日飲食店でアルバイトされているので、どう考えてもこの時間は忙しい。それをわかっていて、「もう少し早くきてください」などと言えない。Fちゃんは母子家庭だ。生活はお母さんの収入にかかっている。

Fちゃんは幼いながらにお母さんにも、先生にも気をつかっているのがよくわかる。そんなとき、とてもかわいそうに思える。でも、それはどうしようもないことで、現実を変えようとすることはできない。私がFちゃんにしてあげられる精一杯のことをこれからもずっと続けていきたいと思う。Fちゃん、がんばれ。おかあさん、がんばって・・・・。

yumin

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気になる子

学校や保育所などの子どもの集団の中には必ず気になる子がいます。みんなと同じように接しているのに、通じない。もしかして、言葉が通じないんだろうか?発達に障害があるんだろうか・・・そんなふうに悩んでしまうことってよくありますよね。(現場のみなさん!)

うちのクラブにもちょっとこまった気になる子が何人かいます。どの子も特に発達に遅れがあるとか自閉的というわけでもないのだけれど、ほんの些細なことで自己抑制というか自己管理というか(まだ幼稚園児や低学年なので、仕方がないといえばそうかもしれませんが)そういうのが、他の子よりはずっとむずかしくて、泣き出すととまらなかったり、状況を判断できずに自分のわがままを通そうとしたり・・・。集団の中なのでその子ひとりにかかわってあげるわけにもいかず、そういう状況に陥った場合、叱られるか放っておかれるかのどちらかになってしまうのが現状です。

学校や保育所ならそれはしかたがないのですが、クラブは学校でもなく家庭でもなく子どもがやすらぎやくつろぎを求める場所だから、できればほんの少しのわがままや甘えは、私は許してあげたいと思うんです。この厳しい世の中で生きてる子どもの心境を察すると、甘えさせてあげたいと思ってしまうんです。

気になる子に対して、どういう対応をするかいつも悩んでしまいます。今日は成功、今日は失敗・・・と試行錯誤を繰り返しています。先生という立場の人はそういう子を見た場合、たいてい「家庭の愛情の不足」だとか「家庭のしつけが悪い」とか判断することが多いです。でも、私はそればかりとはとても思えないのです。どんなにがんばって子育てしたからといって、それが結果に結びついているかといえば、そんなに確信できないことはないほどなのですから・・・・・・・・・・。

どちらにしても、その子たちに必要なのは(その子たちだけでなく子どもはみんなですが)いつも愛されている、いつも見守られているという安心感だと思います。「ずっと私のことを見ていてほしい」子どもはみんなそう思っています。先生は私を今見ていないけど、呼んだら必ずきてくれるし、もしきてくれなくてもそれはとっても大切な用事があるからだと子どもなりに判断できるくらいなら、安心感をもっているといえるのでしょう。

安心できない世の中だから、安心を強く求める子どもが多くなるのではないでしょうか。叱るときもあるし、放っておくときもあるけど、でも、私はあなたをとっても愛しているんだよ・・・その気持ちをずっと伝えつづけていきたいと思います。

yumin

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悲しいボランティア

児童クラブに二つのボランティアのグループが来られる日があります。一つは読み聞かせボランティアで、もう一つは託児ボランティアです。つい先日、ひとりのボランティアの方が児童館事務所に「お話したいことが・・・」と言ってお見えになり、館長とお話をされた。

内容はクラブの子ども達の「しつけが悪い」「態度が悪い」「指導員がそれを注意しない」で、個人的な子どもの名前を出して「家庭のしつけができていない」などとおっしゃった。確かにそれはそのとおりで、クラブにも子ども自身にも問題点はたくさんある。でも、今の時代の子ども達がおかれている環境、育てられ方等を理解していれば、そんなにそのことが大きな問題ではない。というより、それらの問題は日常のどこにでもあることだ。子どもに関するボランティアをしようとするなら、いくら無償でヒマつぶしの社会貢献であれ、それくらいの知識や現状をを理解することが必要であると私は思う。これまでの人生を仕事や育児に費やし、社会に貢献してこられた方が、年をとり、自分の時間をたくさんもてるようになり、その時間を社会のために無償で役立てようとされているボランティア精神はたいへん立派である。けれど、子どもに関することだけは私はどうしても譲れない。子どものことを理解できない人に子どもに関わるボランティアをしてほしくない。

人ひとりが育つ過程において、どれだけ細心の注意を払ったとしても、どこかで自分が悪いのでもないのに心が傷つき、どこかで歪んだものに出会い心を痛めることがある。それは免れないことだとしても、この子が今から生きていく人生をいったいだれが、傷つけてもいいのか。子どもは大人が考えるよりもずっとずっと未熟で、ずっとずっと傷つきやすい。素直で純粋であるがゆえに、心の痛みは大きい。

どうしても許せない。「ボランティアにくるな」というのではない。クラブの悪口を言うなというのではない。子どもの心を理解してほしい。子どものことをわかってほしい。本当に子どものことを思い、支援できる人だけにかかわってほしい・・・・。

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どの子もみんな

昨日はうちのクラブの子が通う小学校の運動会でした。クラブの子は幼稚園児と1年生だけで、ほかの学年の子はよく知りませんが、クラブの子のがんばっている姿を見たくて、見に行きました。

私は昨年、クラブの近くにある保育所に勤務していたので、幼稚園児はほとんど全員知っています。幼稚園児のダンスにはウルウルとしてしまいました。「踊りが上手」とか「そろっている」とかそんなことよりも、ひとりひとりの笑顔がうれしいんです。ちょっと照れたはにかみ顔、喜びいっぱいのにこにこ顔、一生懸命なおすまし顔・・・子ども達は運動会で本当にいい顔をしています。みんなみんなをほめてあげたい。そんな顔で参加できることが、運動会の本当の目的のような気がします。

中には少し発達が遅れている子や人との関わりの苦手な子、体が不自由な子もいます。そんな子もいい顔で参加できる運動会であってほしいと思います。また、観覧する側も、出来不出来の評価でなく、ひとりひとりのがんばりを認めてあげてほしいです。

ちょっとくらい走るのが遅くても、ダンスの振りを間違えても、いい顔できることがいちばん!!自分の子どもの運動会もずっと見てきたのに、はじめて、そんなふうに思った。次は娘と息子の運動会。そんな気持ちを忘れずに、観覧できますように・・・。

yumin

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子どもの心をつかまえたい!

そろそろ、運動会間近で子どもたちも疲れている様子です。お迎えの車に乗ったとたんにスースーねてしまう子もいるとか・・・。疲れていることが自覚できない元気な子どもたちですが近頃のクラブでは・・・。

児童クラブの指導員は保育士か教員免許が必要なので、ほとんどがそういう現場の経験者ですが、私は元主婦で、自分の子育ての経験しかありません。それも現在進行形です。よくわからないのですが、子どもって、その日の最初に関わると、帰るまでずーっとくっついてくるんですよね。昨日はいちばんお迎えのおそいSちゃんがYちゃんに意地悪を言って、それを私が注意したのがきっかけで、Sちゃんはずっと帰るまで甘えっぱなし。注意されたのに、くっついてくるってことは、私に嫌われたくないってことでしょうか?いくら怒られても「大好き」っていうお母さん的なものってことでしょうか?

そう、この前、Kちゃんも遊具を独り占めしているから、注意すると、最初はがんがんつっかかってきてたのに、お迎えが最後の方になって、人数が減ってくると・・・私の手に噛みつくマネをして甘えてくるんです。ホント、カワイイじゃないですか!!これだからこの仕事は楽しいんですが。

人の心ってよくわからないものだけれど、子どもの心は大人になってからじゃ、よりいっそうわかりにくいものです。欲得もなく、純粋に物事を見つめ判断する子どもたちに、「ああ、そうだったんだ。あなたの方が私より正しいよ。」って言うこともしばしば。私はあまり先生らしくはなれないけれど、人間らしく子ども達に接することだけは心がけていきたい。

もう少し、暑い日は続くけど運動会の練習、がんばって~!

yumin

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私の仕事

私は児童館で児童厚生員という仕事をしています。児童厚生員とは、児童が遊びを通じて、健全に成長するよう支援する仕事です。児童館は0~18才までの子どもがだれでも自由に利用できる施設で、困ったことや知りたいことなど、どんなことでも児童厚生員に相談することができます。また、放課後、家に帰っても保護する人がだれもいない児童を預かったり(学童保育)、子育てに専念されている若いお母さん方の子育てサークルの交流の場にもなっています。

うちは人口7500人程度の小さな町の児童館なので、規模も利用する子どもの数もすくないため、児童館は館長と私、放課後児童クラブの指導員の3名の職員体制で仕事をしています。私は、町内にあるもう1カ所の児童クラブの補助にも入るため、毎日けっこうハードに仕事をこなしています。もちろん、夏休みはバテバテになりました。

児童館の仕事は、月2回のイベント開催とその準備、子育て中のお母さんと子どもを見守る、放課後児童クラブの子どもを見守る。そのほか、児童館の壁面を季節ごとにかざったり、図書室の本の整理、掲示板での児童への情報発信。お母さんへの子育て情報発信などなど。

イベントも好き。情報発信も好き。子どもを見守るのもお母さんを見守るのも自分の性質上あっていると思うし、壁面の飾りづくりも好き。だから、自分にとって、少々欲張りすぎてしんどくなってきてはいるのだけど、最高の仕事だと思っています。

ところで、昨日は9月になったので、新しく壁面をかざりました。オリジナルで、結構気に入っています。正面玄関の大きな窓も十五夜にちなんで、おつきさまとウサギをかざりました。

yumin

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今日の仕事ぶり

~(..)~ ンー ・・・・ まだマシな方だと思う。つくづく、わたしゃ、先生にはなれないよなぁって思う。私は指導者として未熟どころかど素人だなあと思う。だから、先生などと呼ばれたくない。呼んでほしくないんだよ~。

私はあまり子どもに怒らない人で、というより、見かけは(^_^; 、おとなしくかなり穏やかなので、子どもになめられやすい。ドラえもんでいうと、あの『のび太のくせに!』っていうやつと似ていて、私が注意しても『なんだ!ひがしのか・・・』って感じで相手にしてもらえない・・・・\(;o;\)だー-  で、最近、いくら言っても聞いてくれないときは本気で怒っちゃうんだよ。私らしくないけど。でも、その怒り方が、何というか、怒り慣れていないので、子どもが怒るのと変わらない・・・・ように思えて、情けなさが倍増する(〃_ _)σ゛イヂイヂ・・・。

まっ、いっかー。私が子どもにあたえてあげられるのは、たぶん、やすらぎと愛情(だと思っている(*^ー゚)b )それが、いつか、きっと、クラブの子ども達にも、表面上だけでなく、心の奥にまで、伝わればいいなあって思う。

仕事だけでなく、やりたいことはいっぱいある。でも、ほんの小さな出来事でも、その一瞬一瞬に私は自分が生きている価値を見つけながら仕事ができている・・・・んー、幸せなことだなあ。・:*:・(*´ー`*人)。・:*:・

yumin

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