ふるさとを想う
yuminは義理兄の政治活動のため、11月から西脇市内での集会に参加しています。今日は30回目だそうです。毎回、参加しているわけではありませんが、半分以上は参加しているのではと思います。
西脇市内をまわっていちばん感じることは、西脇が高齢化したことです。yuminは西脇の出身で、染料の流れる川を見て、織物工場のくがっちゃがっちゃ言う音が聞こえる環境の中で育ちました。yuminの親世代の人数が多くて、おじいさんおばあさんでなく、おっちゃん、おばちゃんが多かった。母に連れられて、商店街を歩くのがうれしかった。今みたいに大型の何でも売ってるお店でなくて、あのお店のコレというのがあって、それを買うために商店街をウロウロした。
「織物まつり」は人で人でごったがえした。各町が出す山車、着物姿の子どもたち。花笠の踊り子たち。1年で一番の行事だった。子どもはそこいら中にいた。保育所や幼稚園は教室が足りずに、新しい教室が建てられた。
西脇は栄えたまちだった。織物のまちだった。私が知っている西脇はそうだった。
私が黒田庄にきて、19年目に入ろうとしている。その間にずいぶんと西脇は変わった。隣にいて、毎日のように通ってはいたのだけれど、住む人の気持ちなど知らなかった。
西脇をまわるようになって、自分のふるさとがこんなふうになっていたのかと、あらためて知る。私がいたころと同じように機械が動いている家がある。昔からそのままの古びた看板のかかった商社がある。社会がかわっているのに、変わっていない人たちがいる。いっしょうけんめい働いても、働いても、大した収入にならず、その原因がはっきりわからないまま、それでも同じように生活している人たちがいる。
私に何ができるだろうか・・・毎日そのことを考える。私たちを育ててくれた西脇のまちを落ちぶれたまちのままにしていいんだろうか。いつか「織物のまち西脇」から織物がきえていくんだろうか・・・。
今日の集会で言われていた。「政治家だけが悪いんじゃない。地域が目覚めなあかんのや」その言葉にじーんとなった。
yumin
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