『ペンペン草』

那珂ペンクラブ発行の随筆集『ペンペン草』が完成しました。
先週、例会があり、10冊買ってきました。

私は5号からの参加で3度目の投稿です。
前号にひきつづき、お兄ちゃんと私のやりとりを綴った作品「高校野球」です。
中学3年生のときにテレビで見た公立高校の試合に感動し、
高校生になって野球部のマネージャーをした話を息子に打ち明けるという
ストーリーです。

今まで、恥ずかしくて、誰にも渡しにくかったのですが、
今回からは勇気を出して、PRすることにしました。

1冊500円です。

おなじみの会員のみなさんの、すてきで、ユーモアあふれ、心を
動かす作品がそろっています。

ぜひ、読んでみてください。       yumin

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先生の絵

年末に、岡之山美術館に、サムホール大賞受賞の作家展を見に行きました。私が小学校に教育実習に行ったとき指導していただいた先生なのです。

もともと美術専門の先生ですが、長い間、絵は描かれていなかったそうで、サッチーとsouちゃんが行っているお絵かき教室の大人の教室で、絵を再び描かれるようになったとか。

詳しく知っているわけではありませんが、私が教育実習に行った頃、先生はひとつの心機一転をはかられたところで、人生論のような話を遅くまでしたことを覚えています。きっと、いろいろな迷いの中で、生活をされていたのではないかと思います。

そうして、あれから7,8年がたち、先生がまた絵を描き始められ、数々の賞を受賞されていることに、私は心から尊敬するし、また自分の家族のことのようにうれしく思っています。

先生の絵は抽象画で、まあ、ぱっと見ても、よおく見ても、何の絵かはさっぱりわからないのです。でも、先生の心が見えるのです。表したいものが何となく伝わってくるのです。先生は「何でもいいんや。その人が感じるままでいいんや」と言われます。
私はその言葉が、自分が文章を書くときの励みになります。

日本語は正しく使わないといけないけれど、でも、その使いようが違っていたとしても、読者に伝わって、何かを感じてもらえれば、言葉の並びや、文章の長さや、カタカナだろうがひらがなだろうが、それはいいと思っています。それは、書く人の表現であり、感性であり、芸術なんだと思っています。私は先生みたいに絵は描けないけれど、言葉を並べて、伝えるというごく普通の作業、形も色も、感触も何もないところに生まれてくる芸術を創り出すことには挑戦できるかなあと思います。

年末に先生に出会って、私は、今年、何よりも文章を書くことに力をいれようと思いました。先生はいつも私の先生です。

yumin

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時間つぶしの恋愛エッセイ

午後から加東市で地域医療フォーラムがありました。西脇をあとにいそいで駆けつけると、「えっ!3時からだったの?」ということで1時間半も時間をつぶさなくてはいけません。さいわい、そこには図書館があるので、本を読むことにしました。

いろいろと最近知っておきたいことが書いてある本を探したのですが見当たらず、じゃあ、PCで仕事だ!と思うと、「USBは使えません」と。
仕方がないから、ウロウロしていて目についたのが、「北川悦吏子×柴門ふみ」の恋愛エッセイ・・・ちょっと古いかと思いつつ。

どんなエッセイでも小説でも多少は恋愛的な要素があった方がおもしろいというのは絶対あると思う。だけど、私には書けない。というかどうやって書くのかわからない。書いたことがない。
そう思うと、もう40にもなったんだから、例えば20代の人に恋愛のアドバイスなんかしてあげられるようなエッセイくらい書きたいよなぁ・・・とちょっと思った。

ああ〜、こんなこというと、サッチーにケラケラ笑われるに違いないけれど、いったい恋愛エッセイはどうやって書くのか読んでみたいと思った。エッセイなんだから、つまり自分の経験ということ。そんなら、北川さんや柴門さんはいったいどんだけ恋愛したん?ってこと?
ということは私には絶対書けないってこと?

でも、若い人に「恋することはいいことよ」とか「失恋しても大丈夫だよ」とか、いつかは書いてみたい。きっと書きたい。ちょっと書けそうな気がしてきた・・・・。

さてさて、3時になったので、いざ、地域医療フォーラムへ。

yumin

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できた!!

原稿ができた。アホかと思われそうだけど、いつもできたときは感動する。だいたい、何十回も読み返して、文章のリズムと、本当に自分の思いに合う言葉が使われているか、文章が長すぎないか、句読点の位置はこれでいいかなどチェックする。

今回書いたのは、今まで書いたことのない形式だ。これは随筆ではなくて、小説の部類に入るのかなあと思う。とにかく、これはおかしくないんだろうかとさんざん悩んだ。

記憶と伝えたいものもあやふやで、何がポイントなのかずれている気もした。

私にとって、これまでの中で、最高の出来だと思う。こんなに何度も書き直したのもはじめて。

ペンペン草に掲載されたあかつきにはぜひ、たくさんの方に読んでいただきたい。(今まではできれば読んでほしくないと思っていたんだけど・・・・ネ)

yumin

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なにが、心を打つか

10月のペンクラブの例会に持っていこうと思っていたのに、なかなかうまく書けないで、結局、欠席した。12月までには何とかせねばと思い、この前の土曜日、図書館に行って、資料を探した。
書こうと思えば何でも書く。それが私の唯一のとりえで、適当にだってなんでも書けるかもしれないが、できるかぎり、自分が納得するまで書きたい。だいたい、原稿用紙3枚ほどの文章に、資料も何もあったもんじゃないんだけど、昔のことを書こうと思えば、記憶だけでは不確かで、人様に読んでいただくのに、そのいい加減な記憶を繕って書くのも恥ずかしい。
書こうと思っているのは、中学3年生のときに見た高校野球の地方大会のことだ。ちょっとやそっと探しても見つかりそうにない。図書館にいって、類の本を2冊借り、わけを説明してほかの図書館をあたっていただいた。そうしたら、ナント、その試合をした学校の監督が本を出していて、その本が大阪の図書館にあったそうだ。取り寄せてくださると、お電話をいただいた。
そこまでして、書くほどのことでもないのに、恐縮してしまうけれど、ここまできたら、最高傑作を発表せねばと・・・自分をけしかけている。要は何が心を打つか。。。。ということ。
書けるだろうか・・・・書けなくて、途中で投げ出さないだろうか・・・・。

yumin

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家田荘子さん講演

昨日は加古川の市民大学で、ノンフィクション作家の家田荘子さんの講演を聴きに行きました。
体調が悪かったので、迷っていたのですが、彼女の文章を書く真意を知りたい思いが強くて、何とかがんばって加古川まで行きました。

「文章を書くこと」へのこだわりが、私にもあるんだなあと気づいたのは、昨年、後援会ニュースを書くようになってからです。私の文章なんて、たいしたことないんだけど、伝えることはちゃんと伝えたい。ちょっと聞いたことを、きれいな言葉を並べて文章をつくるのでなく、自分の耳で聞いて、目で見て、自分の心が動いてはじめて書ける。その人が実際に発した言葉の中で、ポイントやキーワードをつかんで、それをつないで文章を組み立て、読者の心に響く結論にもっていく。それは絶対「ホンモノ」でなければならない。そのためにはたくさんの取材を重ねることになります。自分が書きたいと思うことと、実際の「言葉」「言い回し」がぴったりあうのを見つけるには回数を重ねることが必要というわけです。

さて、家田さんは「極道の妻たち」やエイズ患者を主人公にしたお話など、なかなか前面には出てきにくい真実を取材した作品を書かれます。そこには、ぜったい伝えたい何かがあるのだろうと本能的に感じていたのです。

家田さんはひとつの題材に、何年もかけて取材をされていました。取材に使う費用も莫大です。また題材が題材なだけに、題材を見つけるだけで相当な苦労も時間もかけておられました。
それでも書きたい。書かなきゃいけない。伝えたい。伝えなきゃいけない。それを痛烈に感じた講演でした。予想通りでした。
そして、さらに、彼女の書く作品は真実を正当に伝える作品としてより、マスコミから興味本位に宣伝され、たたかれることの方が多い。
それでも、書く。強い人だなあと思いました。

その精神、しっかり学ばせていただきました。私は「ホンモノ」を伝えたい。その気持ちを常に忘れることなく、文章を書いていきたいと思います。

yumin

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